【花恋】 「この小屋はどなたが住んでいたんですか?」

座布団の上に腰を下ろした花恋が訊ねてくる。

【尚織】 「炭焼きの休憩用だから住んでいたわけじゃないぞ。冬は誰も使わないからちょっと拝借してるだけさ」

【憂】 「……誰にも許可取ってないの?」

呆れたように憂が息を吐く。

【理人】 「それで駐在所で話したくなかったのか」

【尚織】 「だから絶対に危ないことに使うんじゃないぞ?」

【めぐり】 「わかってるわよ」

【砂月】 「あ、あの……」

おずおずと砂月が手を挙げた。

【尚織】 「なんだい、さっちゃん?」

【砂月】 「……危ないことって、具体的にどんなことですか?」

【尚織】 「それは……なんだろうな」

答えに窮して尚織は周囲を見回した。

【理人】 「火を使うとか?」

【めぐり】 「今使ってるわよ」

即座にめぐりが答えた。

【憂】 「国家転覆を企む……とか」

【尚織】 「そりゃ危なすぎる」

少なくともこのご時世、おおっぴらにはとても言えないことではある。

【花恋】 「……男女の秘め事?」

花恋の言葉で、一瞬場の空気が凍り付いた。

【理人】 「……お前なあ」

理人が花恋の頭を軽く叩く。

【花恋】 「痛っ……もおっ、ちょっと言ってみただけじゃない」

【めぐり】 「あ、お、お湯沸いたみたいよ、若女将」

【憂】 「え、ええ……」

湯気をのぼらせる土瓶から急須へ湯を移し、湯飲みへ茶を注ぐ。

【憂】 「はい、どうぞ」

最初に砂月の前に湯飲みが置かれる。

【砂月】 「え、私ですか……?」

【憂】 「私たちにとってもお客様だもの、さっちゃんは」

【砂月】 「あ……ありがとうございます。……いただきます」

砂月が湯飲みに口を付ける。

【砂月】 「んっ……ふぅ、おいしいです」

【憂】 「よかった」

憂が微笑う。
何度か湯を沸かして全員が茶で喉を潤したあと、火鉢の五徳の上に網を置く。

【花恋】 「やっとお餅の出番ね」

【理人】 「腹減ってたのか?」

【花恋】 「そういうわけじゃありませんけど……」

花恋がまた頬を膨らませる。

【めぐり】 「おヒナはさっきからずっとお餅焼いてたじゃない」

【花恋】 「えっ? そんなことしてないわよ?」

【理人】 「火鉢だってひとつしかないし」

解っていないふたりが首を傾げる。

【砂月】 「……火を使わなくてもお餅は焼けるのですか?」

【尚織】 「……もうひとり解っていないのが居た」

【砂月】 「はい?」

網に乗った本物の餅が膨らんでくる。

【憂】 「おヒナ、お醤油持って来てる?」

【花恋】 「ええ、もちろんよ」

花恋が風呂敷包みから醤油と皿を取り出して並べる。

【憂】 「このへんのはもう焼けてるから、食べてもいいわよ」

【理人】 「花恋が最初に食えよ、待ってたんだろ?」

【花恋】 「もうっ、兄さまったら……」

文句を言いつつも花恋は餅に醤油を少し落として食べ始めた。