――場の空気が変化した。
ざわめいていた境内がしんと静まりかえる。

【尚織】 「――始まるかな」

尚織たちも舞台を見る。
舞台の上は篝火で照らされ赤く染まっていた。
太鼓を叩く賢静と、横笛を鳴らす小夜が隅にいた。
奥の垂れ幕の裾が開き、未夜に導かれた天子が舞台に立つ。

――鬼。

そうとしか見えなかった。
長い髪を振り乱し、鬼面を付けた天子が舞台の中央へ進む。
太鼓の音に合わせ、ゆっくりと首を巡らせる。
舞台を見上げている者をひとりひとり睨め付けるように。

無論こちらから天子の目を見ることは出来ない。
鬼の仮面に表情はない。
それでも得も言われぬ迫力があった。
摺り足で舞台上をゆらゆらと動く天子。
否――それが本当に天子なのかすら判らない。

尚織はちらりと横目で砂月を見た。
彼女が天子だと思っていた。
しかし彼女は、ただ凝と舞台上の神楽舞を見つめているだけだ。
――やはり違うのか。
そもそも舞台上の鬼面が外れてその素顔が衆目に晒されたとしても、それが天子なのかは誰にも判らない。
僅かに見える首筋や手は、若い女のそれだと感じられる。
しかし暗い舞台上、尚織が見えたものがその通りであるとも限らない。

天子が御幣を振りかざす。
笛の音色が一層高くなる。
空に文字を書くように御幣が揺れる。
その意味は尚織には解らない。
しかし舞台正面の大人たちは凝とそれを見守っている。
何らかの意味があるのだろう。
その意味を理解している者が何人いるのかも判らないが。

音が止んだ。
天子は舞台の中央で顔を伏せたまま動かない。
拍子木の音。
下から宮司の由光が舞台に上がる。
その手には大きな盃。
天子の前に置く。
ゆっくりと天子が身体を起こす。
御幣を左右に振りながら、盃を覗き込む。
袂から何かを取り出した。